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last updated 1997/06/10

第26話(全130話)

ピート、森の外へ出る(2/2)




 それは例えるなら「幽体離脱」という現象に似ていた。魂が肉体から抜け出し、フワフワと
周辺を漂う現象のことだ。それは魂というものが体の中にあるのだとすれば、それが抜け出す
ことだって当然あるだろうと推測される現象のことで、世界中で事例が報告され、科学的な調
査もなされている。しかし原因は明らかになっていないし、だから科学的に証明された事象で
はない。証明されていなくても、しかしそれは「有り得ないこと」なんかではない。
 たとえば。
 何年も連絡のなかった友人が不意に尋ねてきて「逢いたい」と言った。そして調べてみたら
、その友人は何年も前から意識不明のまま病院のベッドに寝かされていた。
 そういう話ならいくらでもある。
 心と体が分かれ分かれになる、ということは、改まって「幽体離脱」なんて言葉を使わなく
てとも、もっと日常的に「心ここにあらず」といった表現で語られたりもする。
 何にしても、ピートのいまのこの「宙にフワフワ漂っている」状態は、そのような現象のよ
うだ。しかし当のピートは理屈など関係なく、ただ自分の状況をそのまま素直に受け入れた。
 とにかくヘンテコな鎧から外へ出られた。やったね!
 何を「やった」のかわからないけれど、とにかくピートはニッコリとなった。
 改めて機械の鎧を脱ぎ捨てた自分の体を眺め降ろしてみると、怪我をしている様子はなかっ
た。宙に浮いている、ということを無視すれば、いたって普通で、橋脚を登っていた時と何ひ
とつ変わっていない。
 あの不思議な落下の時以来、ピートははじめてそれ以前と変わっていないものを目にしてホ
ッとなっていた。風景も生き物も大気も、自分の体さえまるで目にしたことのないものばかり
だったから、こうやって慣れ親しんだものに再会できたのはとても嬉しかった。
 ピートは大の字にひっくり返っている鉄の鎧を見下ろして「なんて不恰好な鎧だろう」と身
震いした。あんなものの中に閉じ込められてたなんて、ゾッとしちゃうよ。
 ブルルッと体を震わせてから、いつまでもこんなガラクタを眺めていてもしょうがないと思
い、ピートはゆっくりと森の中を歩きはじめる。フワフワ漂っているのだから、その必要はな
いのだろうが、ピートは両足を交互に前後させて前へ進んだ。
 森の木々を抜けると、例の川が流れていたのとはまた別の草原がひろがっていた。といって
もやっぱり草原の木は紫色であることに変わりがない。一見さっきの草原とまったく同じに見
えた。なのにこの世界の新参者であるピートにも、ここがさっきの草原とは違う場所だとすぐ
にわかった。さっきは森の向こうに見えていた円錐形に聳える山が、いまは裾野のほうまでは
っきりと見渡せる。大きな山のうんと手前にはオレンジ色の花が咲き競っている、フタコブラ
クダの背中みたいな丘がある。その丘と山との中間に、ピートがはじめて目にする物が見えた
。さっきはそんなものはどこにも見えなかった。ゆえに、ここはあの川が流れていたのとは別
の草原だとわかる。
 あんなもの、とは何かというと、それは「建物」だった。かすかだが「建物」の輪郭が遠く
にかすんで見えていた。
 城、だろうか?
 ピートの知っている城というものとはまるで形が違うのに、彼は直感的にそう思った。ただ
の岩山みたいに見えるけれど、そこに無数の窓が開き、煙突や塔のようなものも見分けられる
。城だとすれば、かなりの大きさだし、かなりの人間がそこに暮らしているものと思われた。
 城があれば、そこには必ず大勢のひとが働いている。もしかしたら城下町だってあるかもし
れない。城で必要な肉屋や野菜を作ったり売ったりする人たちが、城の近くに大勢暮らしてい
るはずだ。
 こんな宙をフワフワ漂っている子供には、城の中の人たちは逢ってもくれないだろうけど、
城下町に暮らす人たちなら、ぼくの話に耳を傾けてくれる人がいるはずだ。町の人たちはジェ
イド爺さんのホラ話にだって耳を傾けていた。ぼくの語る話がどんなに荒唐無稽でも、必ず真
剣に聞いてくれる人が必ずいる。ピートはそう確信する。
 城下町には子供がたくさんいるだろうし、子供ならジェイド爺さんの語るような壮大な嘘が
大好きなはずだ。ならば、ここではない場所から川へと落下して、いつの間にか鉄の鎧を着せ
られていたぼくの物語にも大勢の子供が興味を持って聞き入ってくれるはずだし、そのコたち
がぼくを助けるための方法をあれこれと考えてくれるだろう。
 ピートは「あの城」までとにかく行かなければならない、と思い立った。
 とにかく、ここがどこなのか、それだけは教えてもらえるだろう。自分がどこにいるのかさ
えわかれば、母さんの待つ家へと戻る道順だって、自ずとわかるはずだ。
 ピートは歩き出す。直接地面を歩くわけじゃないから、その城や町が見た目よりもずっと遠
くにあるんだとしても、ぜんぜん疲れないだろう。そう思った。何の根拠もなく、ただ漠然と
彼はそう感じた。
 歩きはじめたピートは、けれど町にも城にもまったく近づくことができなかった。足が疲れ
るも何も、ピートは森から草原へと一歩たりとも進み出ることが出来なかった。
 何かに引っ張られるように、ピートは前へ進もうとする度に、後ろへ強く引き戻されるのだ
った。

(つづく)




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